不安とプレッシャー資金を集め、仲間を集め、2DKアパートも決まった。準備は整った。けど逆に本当に始まってしまうっていう不安も大きくあった。背負った借金は1,000万円。「このまま利用者さんが来なければ数ヶ月で会社は潰れる…」そんな恐怖が頭をよぎる一方で、「黒字にするにはあと何人必要なんだろう?」「スタッフは嫌になってやめないかな?」現実は、夜になるたびに不安とプレッシャーがすごかった。夜中に一人でPCを開き、ずっとPLを眺めては「あと何件」「あと何人」と計算を繰り返す。数字を見なければ見ないで不安。見たら見たで不安。ようはずっと不安笑しかも僕は24歳。経営の経験もなければ、医療業界に強いコネがあるわけでもない。そんな自分を信じて仲間になってくれた看護師やスタッフを前にして、「もし利用者さんが来なかったら、社員の生活はどうなる?」その責任の重さに、何度も胃がキリキリした。でもその姿を社員に見せるわけにはいかなかった。表向きは「大丈夫、やれるよ」と笑顔で話しながら、裏では数字とにらめっこを続けていた。夢だったはずの起業は、いざ現実になると、逃げ場のない重圧に変わっていった。それでも心の奥底では「やるしかない」と自分に言い聞かせ続けていた。不安と恐怖を抱えながらも、僕にはもう前に進むしか道はなかった。がむしゃら営業の日々営業経験は、もちろんゼロ。でもゼロだからこそ「どうしたらうちにチャンスが回ってくるか」を必死に考えた。訪問看護なんて地域にいくらでもある。しかも、よくお願いするところはだいたい決まっている。じゃあ、そんな中でどうやって自分たちが食い込めるのか?いや、どうしたら困ったときに「ピース訪問看護ステーション」を思い出してもらえるのか?ケアマネ目線で考えたケアマネさん1人が担当するのは大体40人。40人といえば、学生時代の1クラス分くらい。全員の特徴をしっかり覚えているなんて、自分なら無理だ。だから、医療的に緊急度が高いケースは既存の信頼先にお願いされることが多い。僕が意識したのはその逆で、「まだ急ぎではないけれど、将来的に支援が必要になるかもしれない人」だった。たとえば、すぐにリハビリが必要ではないけど、検討した方がいい人最近ちょっと薬の飲み忘れが出てきた人ご家族が「そろそろサポートを入れた方がいいかな」と思い始めた人そういうところなら僕たちが入り込む余地がある。営業経験がゼロでも、頭を使えば勝負できる。僕はそう信じて、1件1件、足を運び続けた。営業しないと不安で仕方なかった居宅介護支援事業所、病院、クリニック、地域の支援センター、保健所、、、思いつく限りの場所に、全て挨拶に行った。正直なところ、営業は“仕事を取るため”だけじゃなかった。営業に出ないと、不安で仕方なかった。事務所にいると「利用者さんが来なかったらどうしよう」という恐怖に押しつぶされそうになる。だから足を動かし、営業している時間だけが心を落ち着けてくれた。営業は、不安を紛らわせるための行動だった。最初のご依頼がむしゃらに営業を続けていた8月。当時の管理者と一緒に車で地域を回っていた。車内ではWANIMAの『やってみよう』を流すのが定番だった。特に好きだったのはこのフレーズ。「誰でも最初は初心者なんだからやったことないこともやってみよう苦手な相手とも話してみよう知らなかったこと 見たことないもの 新しい 楽しい」営業経験ゼロで不安だらけの自分には刺さりまくった。普段音楽聞かないけどなんかこの曲は聴いていた。「そうだ、誰だって最初は初心者なんだ」そう自分を奮い立たせながら、真夏の蒸し暑い車内でハンドルを握って営業をしていた。忘れられない一本の電話うんともすんとも鳴らなかったiPhoneが鳴った。「新規の依頼で、リハビリの方です」電話の向こうからそう告げられた瞬間、全身の血が一気に熱くなった。初めての依頼。あの瞬間、叫び出したいくらいの高揚感と、言葉にならない緊張が同時に押し寄せた。車内の熱気、胸の鼓動、流れていた音楽。すべてが鮮明に覚えている。初めての依頼の重み「任せてもらえたんだ」その実感と同時に、「絶対に応えなきゃ」という責任感が一気にのしかかってきた。今でも新規のご依頼をいただくたびに嬉しいし、毎回「期待に応えよう」と気が引き締まる。でも、初めての依頼の嬉しさは別格だった。あの感情は、きっと一生忘れない。営業の手応えと初月200万最初の依頼をいただいてから、営業に出る足取りは少し軽くなった。「自分たちを信じてくれる人はいる」――その実感が、自分をまた動かしてくれた。それでも営業は簡単じゃなかった。ケアマネ事務所や病院、クリニックを訪ねても、すぐに利用者さんの紹介につながるわけではない。「ありがとう、でももう他の事業所にお願いしているから」と言われることもしばしばだった。ただ、何度も顔を出すうちに、少しずつ「あの若い子たち、頑張ってるな」と声をかけてもらえるようになった。何度も顔を出し、何度も話を重ねることで、徐々にではあるけど依頼をいただけるようになった。正直、今思えば迷惑なくらい通っていたと思う。営業中に「依頼をいただけるまで毎日来ます!」なんて冗談半分に言っていたくらいだ。自分が言われたら恐怖でしかない(笑)。でも、そんなやり方でも「しつこさは本当に大事なんだ」と体で学んだ。立ち上げ初月の売上と利用者数不安に押しつぶされそうになりながら、ただ走り続けた1か月。そして迎えた立ち上げ初月の締め日。売上は――200万円を超えていた。利用者様の人数も、40名を超えていた。数字を見た瞬間、頭が真っ白になった。「本当にゼロからここまで来れたんだ」気づけば何度も画面をスクロールしては見直し、胸の奥が熱くなった。24歳で背負った1,000万円の借金、右も左も分からない経営。「利用者さんが来なかったらどうしよう」と眠れぬ夜を過ごしていたのに、その不安をぶち壊すように、現実として数字が立った。正直、かなり調子に乗った。「全国でもこんなスタートはそうそうないだろう」心の中でそう思ってしまった。でも同時に、その数字の裏にあるのは、僕を信じて依頼してくれた利用者さん、そして「一緒にやろう」とついてきてくれた仲間。あの200万円と40名は、ただの売上や人数じゃない。そしてこのとき心に決めた。「これを続けていこう。やり続けるしかない。」次回予告:採用問題ありがたいことに利用者様は増え続け、売上も右肩上がり。でも、その勢いに比例して大きくなっていったのが――採用の壁。求人を出しても応募は少なく、紹介会社に頼れば高額な紹介料。人がいなければ新しい依頼を断らざるを得ない。「お金と人」――起業の壁だと分かっていたはずなのに、走り出してみると本当に重かったのは“人”の方だった。次回は、僕が直面した採用問題とその突破口について書きます。【執筆者】株式会社isLand 株式会社isLand Media代表取締役 理学療法士 島 一仁東京都町田市を中心に訪問看護・居宅(2拠点)訪問介護(1拠点)サービスC 大学受験塾を運営。株式会社isLand MediaではPR動画作成、SNS運用を運営。現在町田市内で訪問看護のメンバーを100名にしようとしている。