採用という壁と組織づくり、そして理念へ売上は伸びてもキャッシュは遅れるありがたいことに売り上げは伸びていた。1年目の月売上をスクショで振り返っても、数字だけ見ればそこそこいい。だが僕のやっている事業は報酬が入るのは2か月後。介護保険なら新規申請や区分変更で請求が遅れることもあるし、医療保険でも難病申請など制度関係で遅れることもある。介入したらすぐキャッシュになるわけではない。じゃあゆっくり事業拡大をすればいいそう思えるほど、訪問看護は甘くなかった。新規を止められない恐怖「採用できないなら新規を止めればいい」頭ではそう思っても、怖くてできなかった。もし「この事業所は受けられない」と思われたら、二度と依頼をもらえなくなるんじゃないか。その恐怖が常にあった。だから、とにかく無理をしてでも新規を受け続けた。結果どうなったか負担はすべて現場にのしかかる。看護師3人と僕1人。24時間対応、土日対応、オンコール、すべてを回すには明らかに人が足りなかった。僕は看護師ではないから緊急対応に1人で行くことはできない。せめて気持ちを分かろうと、一緒にオンコール待機をしたり、夜間の訪問にも付き添った。でも、夜中に呼ばれても翌日は普通に仕事が始まる。あのときの現場は本当にギリギリだった。僕自身も走った日々営業は1日7〜8件、月に100件近く。訪問は週7で回り続け、月に200件超え。営業100件+訪問200件。今やれと言われたら絶対に無理だけど、当時はそれが当たり前だった。睡眠は4時間取れたらマシ。役員報酬なんて10万円すら取れなかった。事務所にはベッドを持ち込み、帰る時間すら惜しんで寝泊まりした。スタッフに心配されて、仕方なく帰るふりをして車で寝たこともあった。でも、不思議と当時は辛くなかった。「やらなきゃ終わる」という気持ちと、「信じてついてきてくれた仲間や利用者さんがいる」という想いが、不思議なほど自分を支えていた。体は限界でも、心は折れていなかった。採用にかけたコストと学び人材紹介に頼れば1人につき数十万円〜100万円を超える紹介料。とても今のキャッシュフローでは払えない。そんな中で声をかけてもらったのが、採用代行の求人広告サービスだった。「求人広告の運用を代行します」と毎日のように電話がかかり、何度も事務所に来てくれた。熱心に通う姿を見て、「この人は信頼できるかもしれない」と思った。最終的に半年で120万円で契約。人材紹介で1人採用するくらいの費用。「ここから3人採用できればペイだな」と期待した。ただ、契約した途端にあれほど頻繁に来ていた連絡はほとんどなくなった。結果として採用にはつながらず、拍子抜けした。でもこれは外部のせいだけではなく、自分の判断の甘さでもあった。「人を増やさなきゃ」という焦りから、十分に検討せずに決めてしまったのは事実だ。この経験で学んだのは、採用はお金を払って任せきりにするものではないということ。「人を増やすこと」は事業の根幹。経営者が責任を持って向き合わなければならない。SNSでの突破口だからこそ、自分で動くしかないと決めた。思いついたのはSNS。スタートメンバーもSNSで集まった仲間だったし、ここを強化するしかないと考えた。当時、訪問看護でSNS発信をしている事業所はほとんどなかった。特にショート動画は珍しく、「訪問看護」で検索すると、クオリティは高くなくても僕たちの動画がよく出てくるようになった。始めて1か月で応募が入り、採用が決まった。「たまたまかもしれない」と思ったけど、自分の手で仲間を迎える感覚は格別だった。「やっぱりSNSは武器になる」そう確信できた。そこから更新を続け、今では月に10件近く応募が入る媒体に育った。昨年は20名を採用でき、1人あたりの採用単価は約7万円。紹介会社に頼るよりも圧倒的に効率的だった。人材紹介や求人媒体は「悪」ではない。ただ僕は、自社のPR力が足りない分の罰金だと捉えている。もちろん紹介会社からでもいい人材なら採用する。でも、自分たちの発信を通じて「ここで働きたい」と来てくれる人との出会いはやっぱり特別だ。仲間と組織づくり採用が回り始め、仲間は10人を超えた。看護師、リハ職、事務。小さなチームではなく、ひとつの「組織」と呼べる形になってきた。10人までは余裕だった10人までは全員のことを把握できたし、毎日密に話すこともできた。「たくさん話すことがいい経営者だ」と思っていたし、それが一番大切だとも感じていた。現場に出て、営業にも行き、誰よりも売上を立てる。超小規模の戦い方はそれしかないと思っていたし、役員報酬なんてなくても構わなかった。気合いで全部やればなんとかなる。そう信じていた。だから10人まではマネジメントなんて1ミリも必要ないと思っていた。15人、20人の壁でも15人、20人になると状況は一変。マネジメントができるかどうかで組織のスピードは大きく変わった。「大変そうな人がいたら飲みに行けば解決」なんて甘い考えは通じなかった。自分の知らないところで影口が出ることもあり、小さなすれ違いが大きくなっていった。人が増えるって楽しいけれど、大変さも比例する。10人いれば10通りの価値観がある。それをまとめることが、こんなに難しいとは知らなかった。ゴールを示すことの大切さこの頃から、経営発表会や理念を考え始めた。それまでは「大人にルールはいらない」と思っていたけど、考えて動いてくれる方向が自分の望む方向とは限らない。「なんで伝わらないんだ」と思っていたけど、それは自分がゴールを示していなかったからだと気づいた。ルフィーが「とりあえず船に乗らない?」と言っていたら、あんな仲間は集まらなかっただろう。スラムダンクも「全国制覇」というゴールがあったからみんなで頑張れた。組織も同じ。「ゴールを見せることが大切」ここでようやくその当たり前に気づけた。理念が形になった夜もちろん理念はすぐに決まらなかった。色んな会社の理念を調べたり、自問自答を繰り返したり。イメージはあっても言葉にできなかった。ある名古屋の夜、喫煙所で相談していたとき。「島、それって『一緒だから踏み出せる一歩がある』がいいよ」そう言ってもらった瞬間、雷が落ちたように納得した。僕は誰かを応援している時が一番楽しい。だから「ピース」という名前をつけたし、「一緒だから踏み出せる一歩がある」という言葉は自分そのものだった。さらに会社の理念は、「人と企業の可能性を最大限広げ、必要なところに必要なサービスを届ける」に決まった。僕は「いらない人」「いらない会社」なんてないと思っている。ただ場所を間違えているだけ。うちで活躍できなくても他で輝ける人もいる。僕自身も決して優秀なスタッフではなかったけれど、会社を作ったことで「ここが居場所だ」と思えるようになった。だからこそ、自分が最高に好きだと思える居場所をつくりたいし、誰かの居場所を見つけることを応援したい。そんな想いで会社を運営している。次回予告:経営発表会と理念の共有理念が形になり、ゴールを示す大切さに気づいた。でも、それをどう仲間に伝えるかが次の課題だった。最初に挑戦したのが「経営発表会」。頭の中にあった想いを言葉にして、数字やビジョンをスタッフ全員の前で伝える。「一緒だから踏み出せる一歩がある」というパーパスをどう届けたのか。スタッフはどんな反応をしたのか。次回は、初めての経営発表会と理念共有の舞台裏についてお話しします。