なぜコラムを書くか会社を立ち上げてから毎日が全力疾走。正直、振り返る余裕なんて全くありませんでした。4期目に入りようやく少し立ち止まる時間ができ、『あの時の想いや経験を言葉に残しておきたい』そう思うようになりました。このコラムでは、なぜ起業したのか、どんな想いで事業をしているのかを会社の歩みとあわせて未来に繋いでいきたいと考えています。社内では経営発表会や日々のやりとりからなんとなくは伝えきました。でもしっかり『文字』に残すことは初めてです。そして社外に公表しているのも未来の仲間を増やしたいから。だからできるだけリアルに普段のSNSとは違う雰囲気の『株式会社isLandの島』を見せていけたらと思ってます。※AIはできるだけ使わずリアル島でお届けします!経歴2019年3月 社会医学技術学院 卒業2019年4月〜2021年12月 急性期病院勤務2021年1月〜2022年7月 訪問看護ステーション勤務2022年6月 isLand合同会社 設立事業内容:訪問看護(2拠点)/居宅介護支援(2拠点)/訪問介護(1拠点)/サービスC/大学受験塾2024年8月 株式会社isLand Media 設立事業内容:動画制作/SNS運用2025年8月 isLand合同会社→株式会社isLandに組織変更創業前の自分理学療法士を目指した理由は大きく2つ・小学生の頃からサッカーをしていたこと・中学校2年生の頃幼馴染が白血病で亡くなってしまったことそこから普通に専門学校に進み、普通に就職。普通に病院勤務。どこにでもいる普通の理学療法士でした。病院勤務し楽しかったし勉強にもなった。けど何か違かった。『仕事ってもっと楽しくてもっとキラキラしている』最初は『何かできないかな、どうにかできないかな』と考えていたが、環境に慣れるのは怖いものです。自分もだんだん『まあこんな感じでゆるく生きていこう』と流されかけていました。もちろん臨床で第一線で活躍している先輩方もたくさんいます。ただ当時の自分は、言葉選ばず言えば”量産型PT”自己研鑽もあまりせえず、なんとなく仕事をこなしているだけの存在でした。文集との再会ある日実家に帰った時、あるあるで片付けてるうちに文集やら卒アルやらを見ていた。なんだこれはと思って当時撮った写真。『飢えすぎてんだろ』と最初は笑って見てたけど、読んでいるうちにだんだん今の自分に腹が立ちイライラしたことを覚えてる。小学生の自分は『25歳で起業』『親を幸せにする!!』と堂々と書いてありました。当時はmen's eggが自分のバイブルでアパレル会社を作りたかったらしく、、、笑でもそこには今の自分にはない純粋な野心と情熱がありました。シングルマザーの家庭で育ち、親への感謝はありつつも、どこか周りの家庭を羨ましがってばっかりいた自分。『自分はお金があれば幸せなんだ!お金を稼ぐには社長になるしかない!』そんな勢いで書いたことを思い出したんです。それと同時に、21歳の自分がその夢から遠ざかっていることに強烈な悔しさを覚えました。じゃあ、どう動いたのか文集を読んだその夜、どうすればいいのかもわからず僕が思いついたのは、、、『とりあえずお金持ちがいそうな場所に行こう!!!!』馬鹿丸出しですがそれしか思いつきませんでした。そして向かったのは六本木。コンビニでストロングを一気飲みして、いざ出陣。そこで始めたのは『社長っぽい人をナンパする』何も考えず『起業したいんです』と勢いだけで話しかけるともちろん9割無視(いや当たり前よね笑)ただ中には話を聞いてくれる心優しい方もいて、たくさんのアドバイスをもらいました。実際の会話はこんな感じでした僕『起業したいんです!教えてください!』社長『なんで起業したいの?』僕『わかりません!25歳で起業がしたいだけです!』社長『え?』今思い返すと、完全い『起業がゴールになっている最悪のパターン』です。笑ただこんな自分にも真剣に言葉をくれる人たちがいました。・まずは自分の経験を活かせ・すぐに大きなことを狙うな、土台を固めろなどなどこんな言葉が今も心に残っています。訪問看護を選んだ理由たくさんのアドバイスをもらったあと、まずは自分の『やりたいこと』全部書き出してみました。まさかの200個。アドバイスフル無視ですよね、、笑『1年で1個づつ実現しても221歳まで生きなきゃ終わらないじゃん!』と気がつきました。笑そこから冷静に考えました。アドバイスをもとにまずは自分の経験を活かせる領域で挑戦だ。医療・福祉に関わるものをピックアップすると残ったのは10個くらい。さらに条件を絞っていった。・在庫を抱えない ・箱がいらない・自分の専門性が活かせるそうしてまずは『訪問看護』でした。「訪問看護で起業する」そう決めてからは早かったです。まずは現場を知らないと話にならないと思い、病院を辞め、訪問看護ステーションに転職。1年間そこで経験を積みながら、同時に「1年後に立ち上げる」と腹をくくりました。そして、その決意通り、訪問看護の立ち上げに至ったのです。次回お金と人訪問看護で起業する、と決めたのはいい。でもそこからが本当のスタートでした。24歳の自分にとっては想像もつかない金額を集める資金調達、そしてゼロから仲間をどう集めるかという採用の壁。「本当にやれるのか?」という不安と、「ここから一気に走り出せる!」という興奮が入り混じったあの頃。次回は、そんなお金と人をめぐる奮闘の物語をお届けします。どうやって資金を集め、どんな仲間と出会ったのか。ぜひ楽しみにしてください。【執筆者】株式会社isLand 株式会社isLand Media代表取締役 理学療法士 島 一仁東京都町田市を中心に訪問看護・居宅(2拠点)訪問介護(1拠点)サービスC 大学受験塾を運営。株式会社isLand MediaではPR動画作成、SNS運用を運営。現在町田市内で訪問看護のメンバーを100名にしようとしている。