強度行動障害は、自傷・他害・破壊・常同行動などの困難が高頻度で続き、生活や安全に支障を及ぼし、特別な支援が必要な状態を指します。診断名ではなく「状態像」としてとらえられ、医療・心理・環境・コミュニケーションの要因が複雑に関係しています。本記事では、定義や判定方法、原因、支援の工夫、家族や地域の役割をわかりやすく解説し、町田市の制度例も紹介します。1. 強度行動障害の定義と日本での位置づけ強度行動障害の定義強度行動障害は、本人や周囲の生活・安全に重大な影響を与え、特別な支援が求められる状態を指します。厚生労働省は「強度行動障害」という言葉を、激しい自傷・他害・破壊行動・常同行動などを特徴とする「状態像」として位置づけています。つまり、病名ではなく「支援が必要となる行動の状態」を意味します。この概念が導入された背景には、従来の診断分類だけでは生活支援の必要性を十分に評価できなかったという課題があります。強度行動障害の理解が広がることで、福祉や医療の制度において適切なサービスを利用できるようになり、家族や支援者の負担を減らすことにつながっています。出典:厚生労働省「『強度行動障害』とは」https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000995582.pdf厚労省の制度動向厚生労働省の「精神保健医療福祉の今後の施策推進に関する検討会」では、入院医療に依存せず、訪問看護や地域生活を支える仕組みを強化する方向性が示されています。強度行動障害のある人の支援を「入院中心から地域支援へ」移行していく方針案であり、本人が慣れた生活環境で安心して暮らせるようにすることを目的としています。*制度動向は検討中の案であり変更の可能性があります。出典:厚生労働省「精神保健医療福祉の今後の施策推進に関する検討会」https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/other-syougai_442921_00009.html2.強度行動障害の特徴と代表的な行動強度行動障害に含まれる行動は多様ですが、代表例は以下の通りです。特定の行動が見られること自体ではなく、「頻度・強度・持続性」が高いことが支援を必要とする大きなポイントです。行動の種類具体例自傷頭打ち、噛む、皮膚を剝く他害叩く、つねる、投げる破壊物を壊す、家具を倒す常同行動特定動作の反復、順序へのこだわりその他逃走、異食、多動、不眠これらの行動は「問題行動」と呼ばれがちですが、本人にとっては「不快を避けたい」「欲求を伝えたい」といったメッセージである場合が多いのです。たとえば、便秘があるときに頭を打つ、強い音にさらされたときに叫ぶなど、背景を理解することで適切な支援につながります。行動そのものを消すのではなく、その理由を探ることが大切です。出典:厚生労働省「『強度行動障害』とは」https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000995582.pdf3.強度行動障害の判定と評価方法強度行動障害は診断名ではなく、客観的な評価指標によって制度や支援の枠組みに結び付けられます。主な枠組みは以下の通りです。判定基準内容強度行動障害判定基準行動の種類や頻度を点数化し、支援の必要度を判断医療度判定基準行動面(Ⅰ)と医療面(Ⅱ)の両方を点数化して支援体制を検討障害支援区分サービスの量や内容を決める区分に反映例えば「強度行動障害判定基準」では、自傷・他害などの行動が1日に何回起きているか、どの程度の危険があるかを細かく評価します。この結果に基づき、重度訪問介護や行動援護などの福祉サービスを利用しやすくなるのです。評価は複数の専門職が協力し、一度決めたら終わりではなく定期的に見直すことが求められています。参考:医療度判定は「Ⅰ(行動)10点以上かつⅡ(医療)24点以上」で該当とされています。出典:厚生労働省「強度行動障害児(者)の医療度判定基準」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000038912.pdf4.強度行動障害の原因モデル強度行動障害は、複数の要因が重なって現れる状態です。単純に「性格」や「親の育て方」で片付けられるものではありません。要因例生物学的疼痛、便秘、睡眠障害、てんかん心理的不安、予測不能感、ストレス環境的騒音、混雑、人間関係の不一致コミュニケーション要求手段不足、情報が伝わらないたとえば、てんかん発作がある人が急に叩く行動を示した場合、単なる「怒り」ではなく、脳の興奮や不調が関係している可能性があります。また、予定が急に変更されたときにパニックになるのは「不安の大きさ」が背景にあります。このように多角的に原因を見ていくことが、支援の第一歩です。出典:厚生労働省「強度行動障害支援者養成研修(基礎研修)テキスト」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000069194.pdf5.強度行動障害のアセスメント(ABC記録の活用)支援の出発点は観察と記録です。行動が起きる前後の状況を整理すると、原因や目的が見えやすくなります。専門職でなくても、家庭や学校で簡単にできる方法があります。項目見るポイント例先行条件(A)行動が起きる前の状況「入浴の声かけをした直後」行動(B)実際の行動「大声を出す」「叩く」結果(C)行動の後に起きたこと「声かけをやめた」「人が離れた」この「ABC記録」を続けると「行動が起きると嫌なことを避けられる」「注目してもらえる」など、行動の“ねらい”が見えてきます。難しく考える必要はなく、事実を短くメモすることから始めるだけで十分です。支援者同士で共有すれば、チームで一貫した支援が可能になります。出典:厚生労働省「強度行動障害支援者養成研修(基礎研修)テキスト」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000069194.pdf6.強度行動障害の支援原則(予防と置き換え支援)支援の基本は「予防」と「安心できる行動の置き換え」です。日常生活のちょっとした工夫が大きな違いを生みます。方法内容例環境を整える刺激を減らし、見通しを持たせる照明を落とす、予定表を提示コミュニケーションを工夫自分の気持ちを伝える手段を増やす絵カードや「助けて」カード成功をほめるよい行動をしたらすぐに強化達成直後の称賛やごほうび(強化子)例えば「買い物に行く前に写真カードで行き先を示す」「嫌な活動の前に好きな活動を入れる」といった工夫が効果的です。大切なのは「できないことを叱る」のではなく「できることを増やす」という考え方です。出典:厚生労働省「強度行動障害支援者養成研修(基礎研修)テキスト」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000069194.pdf7.強度行動障害と医療的要因・薬物療法身体の不調が原因の場合強度行動障害の背景に、便秘、睡眠障害、疼痛、てんかんなどの身体的要因が隠れていることがあります。例えば夜中に自傷が増える場合、睡眠障害や痛みが関係しているかもしれません。まずは体調を確認することが第一歩です。薬の影響と使い方薬の副作用(便秘、眠気、刺激の高まり)が行動に影響することもあります。薬物療法は必要最小限にとどめ、主治医と相談しながら進めることが原則です。薬を増やすのではなく「体調を整える」「環境を見直す」ことと合わせて検討する必要があります。医療との連携行動が急に悪化した場合は「発熱・便秘・痛み・発作」がないかを確認し、必要なら医師に伝えます。その際、頻度・時間帯・強度、服薬内容と副作用所見を簡潔に記録して主治医へ共有すると役立ちます。行動の変化は体調のサインであることを意識すると、早期対応につながります。出典:厚生労働省「強度行動障害支援者養成研修(基礎研修)テキスト」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000069194.pdf出典:日本看護協会(厚労省通知転載)「保医発0304第2号 等」https://www.nurse.or.jp/nursing/content/12404000/000984045.pdf8.強度行動障害の危機対応と安全な支援危機時は「距離を取る・刺激を減らす・最少人数で対応」が基本です。身体拘束については、厚生労働省が原則として行わない方針を示しており、やむを得ず行う場合も最小限・最短で行い、記録と検証を必須としています。危機対応の工夫例声を荒げてきたら近づかずに静かな場所へ誘導する否定語を使わず、短い肯定的な言葉で声をかける大人数で取り囲まず、必要最小限の人数で対応する危機対応の準備として「クライシス・カード」を家庭や施設で整えておくと安心です。カードには「落ち着く方法」「連絡先」「禁止してほしい対応」などを書き込んでおくと有効です。出典:厚生労働省「身体拘束廃止・防止の手引き」https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001484658.pdf出典:厚生労働省「精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究」https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001113658.pdf9.強度行動障害と生活リズムの整え方生活リズムの乱れは行動の不安定さにつながります。睡眠・排便・食事・活動を整えることで安定が期待できます。日常の工夫例睡眠:寝る前に照明を落とし、スマートフォンやテレビをオフにする。就寝・起床の時間をできるだけ固定する。排便:水分を多めにとり、食物繊維を含む食材(野菜・果物・海藻)を取り入れる。便秘が続くときは医師に相談する。食事:一度に多く食べると落ち着きが乱れることもあるため、少量を複数回に分けて提供する。血糖値の乱高下を防ぐのに有効。活動:苦手な活動の前に「好きな活動」を入れて成功体験を積ませる。外出前に写真や絵カードで予定を伝えると安心感が増す。こうした工夫はどれも家庭で実践可能であり、毎日の積み重ねが安定につながります。生活の安定は本人の安心感を支える最も身近な支援です。出典:厚生労働省「強度行動障害支援者養成研修(基礎研修)テキスト」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000069194.pdf10.強度行動障害と家族・支援者へのサポート長期的に支えるには、家族の休息と支援チームの協力が欠かせません。支援の工夫内容レスパイト短期入所などを活用して家族が休む機会をつくるピアサポート同じ立場の家族同士で情報や気持ちを共有する心身ケア家族自身の睡眠や健康を守ることを優先する危機対応準備連絡先や対応の役割を事前に決めておく日常の工夫例週末に家族で「休む日」を設け、訪問支援やショートステイを利用して安心して外出や休養を取る。支援者同士は「一言ノート」にその日の良かった点・困った点を簡単に残し、情報を蓄積する。家族内で役割を固定せず「交代制」で介護にあたり、特定の人に負担が集中しないようにする。危機対応の際には「誰が119番に連絡するか」「誰が本人を安全に誘導するか」をあらかじめ紙に書いて冷蔵庫に貼っておくと安心。こうした小さな工夫で、家族や支援者の負担を軽減し、支援が継続しやすくなります。出典:厚生労働省「精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究」https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001113658.pdf11.強度行動障害に関する制度と相談窓口(町田市の例)町田市では、障がい者支援センターや相談支援専門員を通じて、強度行動障害に関する多様な支援を受けられます。例えば「外出が難しい」「家族が疲れている」といった日常生活上の困りごとを相談でき、行動援護や短期入所、重度訪問介護などにつなげてもらえます。児童の場合は発達支援や放課後等デイサービスの利用も可能です。相談の流れの一例電話や窓口で初回相談を行い、困りごとを伝える。相談支援専門員が面談し、本人や家族の状況を丁寧に聞き取る。サービス利用計画(ケアプラン)を作成し、どの支援をどのように使うか整理する。必要に応じて医療機関や学校と連携し、定期的に計画を見直す。こうした仕組みを活用することで、本人と家族が孤立せずに暮らしやすい環境を整えることができます。「どこに相談していいかわからない」と思ったら、まずは自治体の相談窓口に連絡することが大切です。出典:町田市「障がい者支援センターのご案内」https://www.city.machida.tokyo.jp/iryo/syougai_hukushi/shisetsu/shogai_center.html出典:町田市「障害福祉サービス(障害者総合支援法)」https://www.city.machida.tokyo.jp/iryo/syougai_hukushi/nitijoseikatsushien/service.html出典:町田市「障害児相談支援について」https://kosodate-machida.tokyo.jp/soshiki/4/6/5889.htmlまとめ強度行動障害は、行動そのものではなく「暮らしのSOS」です。行動の背景には体調の不調や不安、環境の刺激など様々な要因が隠れているため、行動を止めるのではなく理由を探り、環境調整や安心できる行動の置き換えを行うことが大切です。また、家族や支援者自身の休息や相談窓口の活用も欠かせません。困難な行動に直面したときに「なぜ起きているのか」と立ち止まる姿勢が、支援の出発点になります。関連記事ストレスの症状を“身体・心・行動”から読み解く:実践ケア完全ガイドアルコール依存症の治療完全ガイド、治療方法・支援制度・町田市の相談窓口も紹介うつ病で悩むあなたに、訪問看護という安心のカタチパニック障害の発作に備える、今日からできる対処法とセルフケア術不安障害の原因と対処法まとめ、脳・性格・ストレスとの関係とは参考文献一覧厚生労働省「『強度行動障害』とは」https://www.mhlw.go.jp/content/12401000/000995582.pdf厚生労働省「強度行動障害児(者)の医療度判定基準」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12400000-Hokenkyoku/0000038912.pdf厚生労働省「強度行動障害支援者養成研修(基礎研修)テキスト」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-12200000-Shakaiengokyokushougaihokenfukushibu/0000069194.pdf日本看護協会(厚労省通知転載)「保医発0304第2号 等」https://www.nurse.or.jp/nursing/content/12404000/000984045.pdf厚生労働省「身体拘束廃止・防止の手引き」https://www.mhlw.go.jp/content/12304250/001484658.pdf厚生労働省「精神科医療における行動制限最小化に関する調査研究」https://www.mhlw.go.jp/content/12200000/001113658.pdf町田市役所「障がい者支援センターのご案内」https://www.city.machida.tokyo.jp/iryo/syougai_hukushi/shisetsu/shogai_center.html町田市役所「障害福祉サービス(障害者総合支援法)」https://www.city.machida.tokyo.jp/iryo/syougai_hukushi/nitijoseikatsushien/service.html町田市役所「障害児相談支援について」https://kosodate-machida.tokyo.jp/soshiki/4/6/5889.html本記事の執筆者・監修者プロフィール【執筆者】作業療法士都内の回復期リハビリテーション病院に7年間勤務し、その後東京都町田市内で訪問看護・訪問リハビリに携わり5年。AMPS認定評価者、CI療法外来の経験を持ち、またOBP(作業に基づく実践)を中心とした在宅支援の豊富な実践経験を有する。【監修者】看護師(訪問看護ステーション管理者)大学病院での急性期看護を経て、訪問看護ステーションの管理者を務める。終末期ケアや慢性疾患管理に長け、地域医療連携や在宅看取り支援にも積極的に取り組んでいる。