インフルエンザ=高熱というイメージがありますが、発熱が目立たない(または微熱の)インフルエンザも存在します。特に高齢者・基礎疾患のある方・幼児では、熱以外のサイン(だるさ、食欲低下、呼吸症状など)が前面に出ることがあり、「風邪かな?」と自己判断して見逃すことが最大のリスクです。本稿では以下のポイントを整理して解説します:熱なしインフルの実像と注意点発熱以外で見分ける症状チェックリスト受診・検査のタイミングと注意点治療と在宅ケアの工夫感染拡大を防ぐ行動と予防策1. 「熱なし」のインフルエンザは本当にあるのか典型的なインフルエンザは1~3日の潜伏期間ののち、38℃以上の急な発熱・頭痛・筋肉痛・関節痛・全身倦怠感が出現し、その後に咳・鼻水などの呼吸器症状が続く、という経過をとります。しかしすべての人が高熱になるわけではありません。特に高齢者では、感染症でも発熱を呈しにくいことが知られ、「いつもより元気がない」「食事量が落ちた」「動けない」「せん妄」など非典型的な変化が先に現れることがあります。「熱がない=軽症」ではない点が最重要です。2. 「隠れインフル」を見逃さない――発熱以外の要注意サイン発熱が目立たない時ほど、身体の“いつもと違う”を拾うことが肝心です。特に在宅療養者や高齢者では以下のサインを重視します。急な全身倦怠感・関節痛・筋肉痛(自発的な活動量の低下)食欲低下・水分摂取量の減少、尿量減少咳・のどの痛み・鼻症状の新規出現息切れ・胸の痛み、呼吸数増加反応が鈍い・せん妄(急に会話が減る、昼夜逆転が強まる)熱なしインフルのチェックリストチェック項目高齢者成人小児食欲低下よくあるまれときにありぐったり・倦怠感しばしば強く出やすい強く出ることも呼吸数増加注意サイン中等度要注意発熱出にくい出やすい出やすいせん妄よくあるまれまれ3. 風邪・COVID-19・インフルの違いを1分でおさらい「熱なし」で悩むときほど、症状の出方と発症の急激さに注目しましょう。項目インフルエンザかぜCOVID-19(オミクロン以降を含む)発症急激(数時間~1日で全身症状)緩徐緩徐~中等度発熱高熱が多いが無熱例ありない~微熱ある~ない(個人差)全身症状強い(倦怠感・筋肉痛など)軽い中等度(個人差)上気道症状咳・咽頭痛・鼻水主症状咽頭痛・咳・嗅覚味覚異常は減少傾向合併症肺炎・心筋炎等まれ肺炎・持病悪化のリスク受診の目安呼吸困難、胸痛、脱水、長引く発熱、悪化など重症感があれば呼吸困難・低酸素など4. 受診・検査のベストタイミングと注意点検査の注意点抗原検査は発症から早すぎると偽陰性が出やすく、数時間で陽性化するとは限りません。流行期には「隠れインフル」と呼ばれる症状あり陰性の状況があり、翌日に再検が推奨される場合もあります。受診のタイミング受診は重症サインがあれば即、軽症でも発症~48時間以内を一つの目安に。大事な点: 自己判断で市販薬を多剤併用しない、水分・休養を優先し、必要時は電話で医療機関に相談しましょう。発症後の経過と対応目安発症からの時間典型的な症状推奨対応0〜24時間倦怠感・筋肉痛・寒気(熱なしもあり)安静・水分・様子観察24〜48時間発熱 or 倦怠感悪化・咳など受診・抗インフル薬検討3日目以降症状ピーク・合併症リスク重症サインあれば再受診回復期徐々に改善無理せず休養・二次感染防止5. 治療の考え方:抗インフルエンザ薬は48時間が鍵、でも例外も抗インフルエンザ薬の原則抗インフルエンザ薬(オセルタミビル等)は発症後できるだけ早期(概ね48時間以内)の開始が原則です。高齢者・基礎疾患・妊婦など重症化リスクの高い方では、熱が低くても治療適応が検討されます。在宅ケアの工夫在宅での支持療法(水分と電解質、十分な休養、解熱鎮痛薬の適正使用)を基本とし、脱水の早期補正がとくに高齢者では重要です。自己判断での薬購入・服用は避けるようにしましょう。6. どこからが“感染させやすい期間”?外出再開の目安インフルエンザでは発症前日から発症後3~7日間、鼻やのどからウイルスを排出するとされています(個人差あり)。特に強いのは発病直後~3日程度。解熱直後は体力が戻らず転倒・誤嚥のリスクも。就業は職場規定に従い、学校は原則『発症後5日経過かつ解熱後2日(幼児は3日)』まで出席停止を目安にしましょう。受診すべき“重症サイン”まとめサイン具体例対応呼吸困難息切れ、胸の痛み、呼吸数増加直ちに受診意識変容せん妄、会話が減る、反応が鈍い救急搬送も検討脱水尿量減少、口渇、飲水困難補水・受診発熱の長期化3日以上続く医師相談体力低下歩行困難、転倒増加在宅ケア強化+医師相談7. ワクチンと日常予防:“歯みがき”もウイルス対策になる?インフルエンザワクチンは重症化予防に有効です。加えて、手洗い・咳エチケット・換気・適切な湿度は季節を問わず有効。さらに口腔内ケアは誤嚥性肺炎だけでなく、口腔細菌がウイルスの活性化を促進する可能性が指摘され、日々の歯みがきが予防に資するという知見が示されています。在宅療養者では口腔ケアの支援が実践的です。8. 高齢者・持病のある方・小児での非典型サインに要注意高齢者:感染症でも発熱しない/むしろ低体温になることがあり、ADL低下・せん妄・食欲不振が重要サイン。糖尿病や心疾患、慢性肺疾患がある場合は早期受診・早期治療。小児:呼吸が速い、ぐったり、顔色不良、嘔吐・下痢の持続などはすぐ受診。在宅ケアの要点:体重・尿量・水分量、SpO₂(可能なら)をモニタリング。発熱が乏しいのに日常会話や歩行が明らかに減ったら“赤信号”です。9. 訪問看護の現場から:“熱なし”の見逃しを減らすルーティン作業療法士として在宅支援で役立った簡易ルーティンを紹介します(家族・介護者にも推奨)。朝の3点セット(3分):脈拍・呼吸数・会話量を毎朝同じ時間にチェック。呼吸数が毎分+4以上は注意。水分ログ:コップ1杯=約200mLで記録。合計1,000mL未満/日が続くなら脱水リスク。行動距離メモ:居室内の定点間(ベッド→トイレ等)で所要時間を記録し、+30%超の延長は要警戒。食事の“残食率”:主食・主菜を目視で%記録。50%未満が2食以上で相談を。マスクの“着けっぱなし”:息切れや倦怠感が強いと無意識に外す回数が増える。付け外しの頻度変化もサイン。コツ: データは同じノートに日付つきで記録。“昨日よりどうか”が判断の軸です。10. 検査・治療・感染状況を理解するための最新データの見方国内では毎シーズン、インフルエンザウイルス(A/H1pdm09, A/H3, Bなど)の検出状況が公開されています。地域ごとの流行状況は自治体や保健所の発表も参考にすることが重要です。さらに、どの型が流行しているかを知ることは、臨床判断や今後の感染予防策に役立ちます。年度別にみるインフルエンザ流行の特徴(例)年度主な流行株特徴2019-2020A/H1pdm09, B新型コロナ流行前、典型的なインフル流行年2020-2021ほぼ流行なし新型コロナ対策の影響で大幅減少2021-2022A/H3一部地域で散発的流行2022-2023A/H3, B徐々に流行再燃2023-2024A/H1pdm09, A/H3, Bコロナとの同時流行が課題👉 読み方のポイント:流行株によって症状傾向や重症化リスクが異なる場合があり、医療機関の報告や国のデータに定期的に目を通すことが大切です。11. 迷ったらこの意思決定チャート(保存版)状況行動全身がガクッと落ちた/筋肉痛・関節痛が強い(熱がなくても)流行期はインフル前提で行動(マスク・休養・水分)。早期に医療機関へ相談。検査は陰性だが症状が続く翌日以降に再検も視野。悪化サイン(呼吸困難・胸痛・脱水・せん妄)は即受診。家族に高齢者・基礎疾患がいる同居内感染対策(個室・換気・手指衛生・口腔ケア)を強化。発症後48時間以内抗インフルエンザ薬の適応を医師と相談(熱の有無に関わらず)。12. 予防を“生活動線”に組み込む:環境×行動×口腔インフルエンザの予防は単なる「手洗い」だけでなく、生活動線全体に組み込むことが効果的です。家庭や施設で無理なく続けられる工夫を、以下のように整理できます。予防習慣チェック表項目理想的な実践実行頻度の目安環境室内湿度40~60%、1時間ごとに換気毎日行動外出後は「手洗い→うがい→歯みがき」の流れを固定化外出時必ず口腔就寝前の歯みがきと舌清掃、義歯清掃も徹底1日2回以上清掃ドアノブ・スイッチなど接触面の清拭1日1回~数回重要な視点:特に在宅療養者や高齢者は「歯みがき支援」が感染予防の柱となります。口腔ケアは誤嚥性肺炎予防+インフルエンザ予防の両方に寄与します。13. 国際的知見:“発熱がない”ことはインフル否定の根拠にならないWHOなどの国際機関の報告でも、高齢者では典型的症状が欠けることが繰り返し強調されています。発熱がなくても筋肉痛や倦怠感など全身症状があれば、インフルエンザを疑うことが重要です。国際的エビデンスの要点整理機関内容解釈WHO高齢者や基礎疾患患者は発熱が乏しい場合あり発熱のみで除外しない姿勢が必要CDC(米国)“Atypical influenza”として発熱欠如を報告診断には全身症状を重視ECDC(欧州)高齢者施設での集団発生例で「無熱」が一定数存在施設内監視は症状多角的に行うべき👉 まとめ:国際的にも「熱がない=インフルではない」とは言えず、多角的な症状評価と早期検査が推奨されています。まとめインフルエンザは“熱なし”でも起こるため油断禁物。昨日との違い(活動量・食事・会話・呼吸)を観察することが早期発見の鍵。重症サインは即受診、軽症でも48時間以内に医療相談を。ワクチン・手洗い・換気・口腔ケアを生活ルーティン化し、家族と地域で感染拡大を防ぐ。在宅ケアではデータの“見える化”(ノートやアプリ記録)が早期発見の決め手。在宅での体調管理や受診判断に不安がある方は、ピース訪問看護ステーション にご相談ください。関連記事【2025年最新版】コロナの致死率はどのくらい?在宅療養で知っておきたい安心ポイントインフルエンザ予防接種のベストタイミングは?効果の持続期間と対象者別ポイントインフルエンザはいつ流行する?時期・予防・受診の目安を、訪問看護の視点でわかりやすく解説参考文献一覧厚生労働省「インフルエンザかな?症状がある方へ」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou04/inful_what.html厚生労働省「インフルエンザQ&A」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/qa.html厚生労働省「感染症情報(感染対策)」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/kekkaku-kansenshou/index.html厚生労働省「年別ウイルス検出状況(病原微生物検出情報)」https://kansen-levelmap.mhlw.go.jp/Byogentai/Pdf/data62j.pdf厚生労働省「令和5年度インフルエンザ Q&A」https://www.mhlw.go.jp/content/001158487.pdf厚生労働省「インフルエンザ施設内感染予防の手引き」https://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/dl/tebiki25.pdf国立感染症研究所「IDWR 2012年第52号<注目すべき感染症>インフルエンザ」https://www.niid.go.jp/niid/ja/flu-m/flu-idwrc/3116-idwrc-1252.html国立感染症研究所「インフルエンザ(学校保健安全法における取り扱い)」https://id-info.jihs.go.jp/diseases/a/influenza/010/influ-top.html日本医師会「インフルエンザの診断に正しい理解を求める」https://www.med.or.jp/nichiionline/article/008501.html日本歯科医師会「うがい、さらに『歯みがき』を!! インフルエンザ予防と歯周病菌」https://www.jda.or.jp/jda/release/detail_102.html日本老年医学会「健康長寿 診療ハンドブック」https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/publications/other/pdf/handbook2019.pdf国立長寿医療研究センター「在宅での感染防止対策の基本」https://www.ncgg.go.jp/hospital/iryokankei/letter/040.htmlWHO「Evaluation of influenza vaccine effectiveness」https://iris.who.int/bitstream/handle/10665/255203/9789241512121-eng.pdfCDC「Seasonal Influenza (Flu) Information」https://www.cdc.gov/flu/index.htmECDC「Influenza surveillance overview」https://www.ecdc.europa.eu/en/seasonal-influenza/surveillance-and-disease-data本記事の執筆者・監修者プロフィール【執筆者】作業療法士都内の回復期リハビリテーション病院に7年間勤務し、その後東京都町田市内で訪問看護・訪問リハビリに携わり5年。AMPS認定評価者、CI療法外来の経験を持ち、またOBP(作業に基づく実践)を中心とした在宅支援の豊富な実践経験を有する。【監修者】看護師(訪問看護ステーション管理者)大学病院での急性期看護を経て、訪問看護ステーションの管理者を務める。終末期ケアや慢性疾患管理に長け、地域医療連携や在宅看取り支援にも積極的に取り組んでいる。