高齢者の認知症による徘徊は、家族にとって大きな不安要因の一つです。特に夜間や外出時に行方が分からなくなるケースは、命に関わるリスクを伴います。そこで注目されているのが「徘徊GPS」。小型端末を持ち歩くだけで位置情報を把握でき、早期発見や安全確保につながります。本稿では、徘徊GPSの仕組みや種類、選び方、自治体の支援制度までを網羅的に解説し、さらに現場の声や最新の技術動向も交えて詳しく紹介します。1. 認知症と徘徊の実態認知症の行動・心理症状(BPSD)の一つとして頻出するのが徘徊です。厚生労働省の調査によると、65歳以上の高齢者の約7人に1人が認知症を発症しており、その中でも徘徊は在宅介護における大きなリスク要因とされています。徘徊は本人にとっては「目的を持って歩いている」場合が多く、買い物や仕事に行くつもりで外出することもありますが、結果的に行方不明となり、事故や命の危険につながることがあります。徘徊によるリスク交通事故や転倒による怪我行方不明による命の危険長時間の捜索に伴う家族や警察の負担家族の介護疲れや精神的ストレス増大さらに、行方不明からの発見までに時間がかかると、低体温症や脱水などの二次的な健康被害も生じます。このような背景から、徘徊対策は認知症介護における最重要課題の一つとなっています。出典:厚生労働省「認知症施策推進総合戦略」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000064084.html警察庁による認知症関連の行方不明者統計最新の警察庁発表(令和6年)によると、認知症またはその疑いによって行方不明となった方は 1万8,121人 にのぼり、前年より減少したものの依然として高い水準が続いています。認知症による行方不明者の統計(令和5~6年比較)年度行方不明者数男性(人数・割合)女性(人数・割合)主な所在確認期間令和5年19,039人約10,530人(55.3%)約8,509人(44.7%)当日確認 13,000人超令和6年18,121人10,012人(55.3%)8,109人(44.7%)当日確認 12,476人出典:警察庁「令和6年における行方不明者の状況」https://www.npa.go.jp/publications/statistics/safetylife/R6_yukuefumeishakouhoushiryou2.pdf2. 徘徊GPSとは?仕組みと基本機能徘徊GPSは、高齢者が持ち歩く端末から位置情報を発信し、家族がスマホやPCで確認できるサービスです。通信回線を使って常時位置を把握でき、一定のエリアから出ると通知する「ジオフェンス機能」や、緊急時に本人がボタンを押して助けを呼べる「SOS機能」なども搭載されています。主な機能一覧(表1)機能内容メリットリアルタイム位置情報現在地を地図で表示発見が早い移動履歴の確認過去の行動経路を記録徘徊の傾向を把握エリア通知指定エリアを出入りで通知外出制限の目安にSOSボタン本人が押すと通報緊急時対応家族共有機能複数人で情報確認家族全員で見守り可能出典:日本認知症学会「認知症徘徊対策におけるICTの活用」https://dementia.umin.jp/3. 徘徊GPSの種類徘徊GPSには複数のタイプがあり、利用者の状態や家族のニーズに合わせて選ぶことが重要です。主なタイプ(表2)タイプ特徴代表的な製品携帯端末型ポケットやバッグに入れるiTSUMO、あんしんウォッチャーウェアラブル型時計・ペンダントに内蔵見守りウォッチ靴型靴底にGPSを内蔵GPSシューズスマホアプリ型スマホにインストール各社見守りアプリそれぞれに利点と課題があり、例えば靴型は「本人が端末を持ち歩かない」という課題を解決できますが、端末の取り扱いに慣れている家族による管理が必須となります。出典:国立長寿医療研究センター「認知症高齢者の徘徊対策研究」https://www.ncgg.go.jp/4. 導入時のチェックポイント徘徊GPSを選ぶ際には、以下の観点が重要です。バッテリー持続時間(長時間外出に対応できるか)操作の簡便さ(高齢者本人でも負担が少ないか)防水・耐衝撃性(転倒や雨天に備えられるか)月額料金・初期費用(コスト継続が可能か)サポート体制(故障時や緊急時に対応できるか)比較表(表3:選定基準と重要度)項目重要度チェック例バッテリー★★★1週間充電不要操作性★★★ボタン1つでSOS防水性★★☆IPX7対応料金★★★月額1,000円前後サポート★★☆24時間サポート窓口出典:日本老年医学会「高齢者見守り技術ガイドライン」https://jpn-geriat-soc.or.jp/5. 自治体の支援制度多くの自治体では、徘徊高齢者の家族支援としてGPS端末の貸与や購入補助を実施しています。例えば千葉県流山市では、端末購入費や登録料の助成制度があります。出典:流山市「徘徊高齢者家族支援サービス」https://www.city.nagareyama.chiba.jp/1000011/1012908/1012943.html町田市においても地域包括支援センターを通じた相談が可能で、必要に応じて福祉サービスと連携した見守り体制が整えられています。出典:町田市「認知症高齢者の見守り支援」https://www.city.machida.tokyo.jp/iryo/kenko/kenko/koreisha/ninchishou.html6. 東京都町田市の取り組み東京都町田市では、認知症高齢者の徘徊に対して地域ぐるみでの見守り体制を強化しています。ここでは、町田市の具体的な取り組みを3つの視点から紹介します。(1) GPS端末の貸与制度による支援町田市では、認知症や記憶障害のある高齢者を対象に、専用GPS端末を貸与する支援事業を実施しています。端末を持ち歩くことで、御家族や福祉関係者が行方不明時の位置情報を確認でき、安全確保と精神的・経済的負担の軽減を図ります。このサービスは、月額440円(生活保護世帯は無料)という低負担で利用可能です。出典:町田市「GPS機器の貸与について」https://www.city.machida.tokyo.jp/iryo/old/shiminnokatae/seikatsukurashi/moshimo/gps.html(2) 見守りネットワーク・SOS連携による地域ぐるみの見守り町田市は、見守りネットワークまちだを展開し、地域の民間事業者(商店、小売店、郵便局など)や自治会と連携して高齢者を見守る体制を構築しています。さらに、警察署やタクシー、新聞販売業者と連携した「徘徊SOSネットワーク」により、行方不明になった際の早期発見・捜索協力体制も整備されています。出典:東京都福祉保健局「徘徊SOSネットワーク事例」https://www.fukushi1.metro.tokyo.lg.jp/zaishien/ninchishou_navi/torikumi/gijiroku/tokyo_kaigi/shiryou/kaigi2/shiryou4.pdf(3) 家族介護者への支援と相談窓口の機能強化町田市では、地域包括支援センター(高齢者支援センター)を拠点として、家族介護者向け教室や交流会を定期開催しています。これらの場では、GPS端末の使い方や運用の工夫を共有するワークショップが行われるなど、介護者が孤立しないための支援体制が整っています。出典:町田市FAQ「認知症高齢者へのGPS貸与と支援」https://www.call-center.jp/faq_machida/faq.asp?faqno=MAC02342&logid=0&sugtype=67. 現場のあるあると工夫訪問看護や介護現場では、徘徊GPSの活用によって支援の幅が広がっています。あるある①:端末を嫌がって持ち歩かない → 靴型や時計型に変更することで自然に装着可能。あるある②:バッテリー切れで役に立たない → 家族が交代で充電管理を行う仕組みを作る。あるある③:通知が多すぎて混乱 → エリア設定を広めに調整するなど運用で改善。現場では「利用者本人の尊厳を損なわない工夫」も重要視されています。たとえば、本人に「GPSで見張られている」と感じさせず、「安心のための見守りアイテム」として自然に受け入れてもらう工夫が必要です。8. 最新動向と今後の展望AIとIoTの進化により、徘徊GPSは単なる位置情報通知から、行動予測や異常検知へと発展しています。国立研究開発法人による研究では、歩行パターンの変化をAIが検知し「徘徊の前兆」を把握する技術開発も進行中です。さらに、ウェアラブルセンサーや見守りロボットと連携した「次世代型見守りシステム」も実用化に近づいています。自治体レベルでも、AIを活用した行動予測と徘徊GPSを組み合わせることで、より安全性を高める取り組みが検討されています。こうした技術の進展は、介護者の負担軽減と本人の尊厳維持を両立する鍵になるでしょう。出典:国立研究開発法人日本医療研究開発機構「認知症予防とAI」https://www.amed.go.jp/9. 訪問看護との連携による徘徊対策徘徊GPSの活用は、家族だけでなく訪問看護師との連携によってさらに効果を高めることができます。訪問看護は医師の指示のもとに行われる在宅医療サービスであり、認知症の方の生活支援や行動観察を行う重要な役割を担っています。訪問看護でできること徘徊リスクの早期把握:訪問時に生活環境や行動を観察し、徘徊の兆候を把握する。GPS端末の利用支援:機器の装着確認、充電状況の確認、適切な利用方法を家族へ指導。緊急時の対応:徘徊発生時に、主治医・地域包括支援センター・家族との連絡調整を迅速に行う。訪問看護活用のメリット訪問看護師は日常的に利用者と関わっているため、GPS端末の継続利用が難しいケースでも代替策を提案できる点が大きな利点です。例えば、端末を嫌がる方に靴型や時計型を勧めたり、行動記録を家族と共有して徘徊パターンを分析するなど、実践的な工夫が可能です。また、徘徊によるリスクを予防するために、訪問看護師がリハビリや服薬管理と並行して、本人の生活リズム調整や不安軽減へのケアを行うことも重要です。これにより、単なる機器依存ではなく、包括的な支援体制が整います。出典:日本看護協会「訪問看護の役割と認知症ケア」https://www.nurse.or.jp/home/publication/toukei/kango/2022/visit.htmlまとめ徘徊GPSは、徘徊によるリスクを大幅に軽減し、家族の安心を支える有効なツールです。選定時には機能や費用、本人の受け入れやすさを総合的に判断し、必要に応じて自治体支援制度も活用してください。特に東京都町田市のように行政と地域が一体となった取り組みは、今後の地域包括ケアのモデルとして注目されます。介護現場や訪問看護の視点からも、徘徊GPSは今後ますます重要な存在となるでしょう。安全で安心な在宅生活のために、まずは導入を検討してみてはいかがでしょうか。関連記事認知症高齢者の見守りサービスの最新動向在宅介護におけるICT機器活用法訪問看護師が語る「徘徊支援」の現場事例参考文献一覧厚生労働省「認知症施策推進総合戦略」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000064084.html日本認知症学会「認知症徘徊対策におけるICTの活用」https://dementia.umin.jp/国立長寿医療研究センター「認知症高齢者の徘徊対策研究」https://www.ncgg.go.jp/日本老年医学会「高齢者見守り技術ガイドライン」https://jpn-geriat-soc.or.jp/流山市「徘徊高齢者家族支援サービス」https://www.city.nagareyama.chiba.jp/1000011/1012908/1012943.html町田市「認知症高齢者の見守り支援」https://www.city.machida.tokyo.jp/iryo/kenko/kenko/koreisha/ninchishou.html町田市「GPS機器の貸与について」https://www.city.machida.tokyo.jp/iryo/old/shiminnokatae/seikatsukurashi/moshimo/gps.html東京都福祉保健局「徘徊SOSネットワーク事例」https://www.fukushi1.metro.tokyo.lg.jp/zaishien/ninchishou_navi/torikumi/gijiroku/tokyo_kaigi/shiryou/kaigi2/shiryou4.pdf町田市FAQ「認知症高齢者へのGPS貸与と支援」https://www.call-center.jp/faq_machida/faq.asp?faqno=MAC02342&logid=0&sugtype=6国立研究開発法人日本医療研究開発機構「認知症予防とAI」https://www.amed.go.jp/本記事の執筆者・監修者プロフィール【執筆者】作業療法士都内の回復期リハビリテーション病院に7年間勤務し、その後東京都町田市内で訪問看護・訪問リハビリに携わり5年。AMPS認定評価者、CI療法外来の経験を持ち、またOBP(作業に基づく実践)を中心とした在宅支援の豊富な実践経験を有する。【監修者】看護師(訪問看護ステーション管理者)大学病院での急性期看護を経て、訪問看護ステーションの管理者を務める。終末期ケアや慢性疾患管理に長け、地域医療連携や在宅看取り支援にも積極的に取り組んでいる。