季節の変わり目や一日の寒暖差が大きい日は、だるさ・頭痛・めまい・不眠などの不調が出やすくなります。俗に「寒暖差疲労」と呼ばれるこの状態は、体温調節を担う自律神経の負担が背景にあります。とくに在宅療養中の高齢者や慢性疾患のある方は影響を受けやすく、転倒や入浴事故、熱中症・低体温のリスクにも直結します。本稿は訪問看護の実務視点と公的機関・学会の科学的根拠に基づき、症状・評価・対策・併存症別の注意点まで網羅して解説します。1. 寒暖差疲労とは?(定義と背景)寒暖差疲労は医学的な単一診断名ではありませんが、屋外⇄屋内、朝⇄夜、季節変化などの短時間・反復する温度差により、自律神経(交感・副交感)の切替えが過剰に求められ、全身の不調が出る状態の総称です。睡眠覚醒リズムや体温調節は相互に関連しており、温熱環境の乱れは睡眠の質にも影響します。高齢者や慢性疾患のある方は体温調節能が低下しやすく、小さな温度差でも症状が増幅される点が臨床上の特徴です。表1|寒暖差疲労の主な症状と関連領域領域代表的な症状生活への影響初期対応の目安身体だるさ・頭痛・めまい・冷え/ほてり・便通異常活動量低下、転倒リスク増休息、飲水、室温差の縮小、入浴方法の見直し心理いらいら・不安・気分低下食欲・睡眠の乱れ生活リズム整備、日光浴、短時間の散歩行動昼夜逆転、入浴回避、外出減少廃用・フレイル進行予定化(タイムスケジュール)、見守り強化出典:厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」https://www.mhlw.go.jp/content/001208251.pdf出典:WHO「Housing and health guidelines」https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/276001/9789241550376-eng.pdf出典:日本老年医学会「フレイルとは何ですか?」https://www.jpn-geriat-soc.or.jp/citizen/pdf/frail_pamphlet.pdf2. どんなときに起きやすい?(一日の中と季節の要注意シーン)寒暖差疲労は「外気温の変化」だけでなく、日常生活の中の小さな温度差で生じやすいのが特徴です。特に高齢者は体温調節機能が低下しているため、朝のトイレや脱衣所の寒さ、夏の冷房環境などがきっかけで症状が悪化することがあります。表2|場面別の寒暖差リスクと対策のヒント場面よくある課題簡易対策(在宅)起床〜トイレ廊下・トイレが寒い/暑い就寝前の弱運転でエアコン、足元マット、薄手ガウン外出外気と屋内の差、直射日光玄関で羽織る/脱ぐ、帽子、日陰ルート、15〜20分の短時間外出施設・待合強い冷房で身体が冷える薄手カーディガン/膝掛け、温かい飲み物を持参入浴脱衣所が寒い、湯が熱い脱衣所先暖房、湯温は41℃以下・10分以内、かけ湯で慣らす夕方〜夜気温低下、だるさ増夕方の軽い体操、入浴は就寝1〜2時間前、寝具の調整補足:在宅環境では「家の中の温度差」を最小限にする工夫が最も重要です。出典:日本医師会「ヒートショックと入浴熱中症—健康ぷらざNo.549」https://www.med.or.jp/dl-med/people/plaza/549.pdf出典:国立長寿医療研究センター「高齢者のための熱中症対策ハンドブック」https://www.ncgg.go.jp/ncgg-overview/pamphlet/p-heatstroke.html3. 訪問看護での評価:何をどう見て、どう伝えるか訪問看護師は、バイタルサインだけでなく住環境や生活習慣を含めて評価します。特に「だるさ・ふらつき・食欲低下」など曖昧な訴えでも、室温・湿度や服薬状況と突き合わせると原因が見えやすくなります。表3|訪問看護での評価ポイント領域観察項目補足バイタルサイン血圧(起立性変動)、脈拍、体温、SpO₂、呼吸数特に高齢者では小さな変動が大きな変化につながる睡眠・生活リズム就寝・起床時刻、昼寝時間、夜間覚醒睡眠薬の内服時間や残効もチェック服薬降圧薬・利尿薬・睡眠薬・糖尿病薬薬剤副作用と寒暖差の症状が重なりやすい住環境エアコン設定、扇風機・サーキュレーターの配置電気代の不安も含めて聞き取りが必要補足:体調・環境・行動を一体的に記録して伝えることが、早期対応につながります。出典:「高齢者訪問看護の質指標(活用サイト)」https://plaza.umin.ac.jp/houmonkango/4. 具体的対策(今日からできる)寒暖差疲労を防ぐには、環境(室温・湿度)×身体(入浴・水分・栄養)×習慣(生活リズム・軽運動)をセットで整えることが大切です。単一の工夫では効果が不十分でも、複数を組み合わせることで体調が安定しやすくなります。表4|温熱環境・入浴・飲水の実践目安項目推奨/目安室温(寒冷期)18℃以上室内高温扇風機/冷房で暑熱を回避入浴41℃以下・10分以内、脱衣所暖房飲水飲料で1.2L/日(疾患で調整)補足:特に「水分不足」と「過度な温度差」は体調不良の大きな要因なので、日常のルーティンに組み込むのが有効です。出典:WHO「Housing and health guidelines」https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK535281/table/fm-ch1.tab1/出典:WHO「High indoor temperatures」https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK535285/出典:日本医師会「ヒートショックと入浴熱中症—健康ぷらざNo.549」https://www.med.or.jp/dl-med/people/plaza/549.pdf出典:日本循環器学会「心不全:入浴時の注意」https://www.j-circ.or.jp/sikkanpg/case/case2/about5.htm出典:厚生労働省「健康のため水を飲もう講座」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000205776.pdf5. 併存症別の注意点(フレイル・認知症・慢性疾患)寒暖差疲労の影響は、基礎疾患によって大きく異なります。例えば心不全では入浴時の血圧変動が危険につながり、認知症では夕方の不穏が強まるなど、症状の出方に疾患特有の特徴があります。表5|疾患別に注意すべきポイント併存症リスク注意点推奨対応フレイル/サルコペニア活動性低下、廃用進行筋力・食欲低下軽運動+たんぱく質補給を優先認知症日内変動、サンダウン夕方の混乱・不穏外出・入浴・食事を夕方前に終了、刺激少なめの環境心不全/高血圧血圧変動ヒートショック、失神脱衣所・トイレの暖房、ぬるめ入浴COPD/ぜんそく冷気で呼吸困難咳・呼吸苦の増悪マスク・スカーフで吸気を温める糖尿病血糖変動・脱水低血糖リスク食事・運動・服薬の時間を一定に脳血管障害後自律神経反応の鈍さ暑さ寒さの自覚低下室温表示の可視化、周囲の声かけ補足:介護者や医療者が疾患ごとの注意点を理解しておくと、事故や体調急変を未然に防ぐことができます。出典:日本循環器学会「心不全:入浴時の注意」https://www.j-circ.or.jp/sikkanpg/case/case2/about5.htm出典:日本呼吸器学会「COPD 患者さんの生活の工夫」https://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=108出典:日本糖尿病学会「低血糖対策(生活の工夫)」https://www.jds.or.jp/modules/publication/index.php?content_id=96. 家族・介護者ができる観察と支援家族や介護者は、日常のちょっとした変化を早く気づく役割を担います。特に転倒や脱水は一度起こると重症化しやすいため、「食欲がない」「水を飲まない」「ふらつきがある」といった小さなサインを見逃さないことが重要です。表6|日内サイクル表(記入例)時間帯室温/体感行動体調服薬6:00ちょうど良い起床・トイレだるさ3朝薬 ◯10:00暑い(外出)買い物15分だるさ5—15:00やや暑い休息・お茶だるさ4—20:30ちょうど良い入浴10分さっぱり、眠気◯夕薬 ◯補足:日内サイクル表のように簡単に記録するだけでも、訪問時に的確な助言を受けやすくなります。出典:国立長寿医療研究センター「高齢者のための熱中症対策ハンドブック」https://www.ncgg.go.jp/ncgg-overview/pamphlet/p-heatstroke.html7. よくある質問(Q&A)Q1. 冷房病と寒暖差疲労はどう違いますか?A. 「冷房病」は冷えすぎによる不調の俗称で、寒暖差疲労は差そのものの反復が主因です。いずれも温熱環境が関与するため、急激な温度変化を避け、室温差を小さく保つことが基本です。出典:WHO「Housing and health guidelines」https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/276001/9789241550376-eng.pdfQ2. 熱中症との関係は?屋内でも起こりますか?A. はい。体温調節能が落ちていると熱中症の下地になり得ます。屋内でも起こるため、エアコンや扇風機で暑熱を避け、こまめな飲水を行いましょう。出典:厚生労働省「熱中症予防×感染防止」https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/nettyuu_taisaku/pdf/seikatuyousiki/seikatuyousiki.pdfQ3. 受診の目安は?A. 強い頭痛・嘔吐、胸痛・息切れ、SpO₂低下、発熱持続、意識障害・けいれん、尿が出ない等は受診の目安です。慢性疾患の急変サイン(心不全の急な体重増、下腿浮腫の悪化など)にも注意しましょう。出典:日本救急医学会「熱中症と救急搬送の判断基準」https://www.jaam.jp/info/heatstroke.html要点まとめ(Q&A)冷房病=冷えすぎ、寒暖差疲労=差の繰り返し熱中症は屋内でも発生、寒暖差疲労は下地になる強い症状・意識障害・尿出ない場合は早急に受診8. 現場からの事例事例A:心不全のある80代女性課題:夕方のだるさ・息切れ、入浴後のふらつき。介入:脱衣所を事前暖房、湯温41℃以下・10分、入浴前後に各150mL飲水。夕方15分の座位体操とふくらはぎ運動。結果:ふらつき消失、夜間の中途覚醒が減少。血圧変動も安定。出典:日本医師会「ヒートショックと入浴熱中症」https://www.med.or.jp/dl-med/people/plaza/549.pdf出典:日本循環器学会「心不全:入浴時の注意」https://www.j-circ.or.jp/sikkanpg/case/case2/about5.htm事例B:軽度の認知症がある70代男性課題:外出後の不穏・いらいら、夜間の覚醒が増加。介入:午前中に散歩・買い物をまとめ、玄関に「羽織り」を定位置化。エアコンは自動運転+サーキュレーター固定で直風を避ける。結果:夕方の不穏が軽減し、介護者の負担感も低下。外出回数を保ちながら安全性が向上。*今回掲載した事例はフィクションになります。出典:国立長寿医療研究センター「認知症を患う人を支えるご家族の方へ」https://www.ncgg.go.jp/ncgg-overview/pamphlet/p-family.html9. まとめ寒暖差疲労は、在宅療養者にとって生活の質(QOL)に直結するテーマです。ポイントは、室温差を小さく・急変を避ける入浴・飲水・睡眠・軽運動で自律神経の負担を減らす記録と共有で再現できる暮らしを作ること要点まとめ(まとめ)在宅環境では「温度差の縮小」が最重要入浴・飲水・生活リズムの見直しで改善が可能記録や観察を通じて医療者と連携することが早期対応につながる症状が続く/強い場合は医療機関へ。訪問での評価・助言・リハビリのサポートが必要な際は、ピース訪問看護ステーションにご相談ください。参考文献一覧厚生労働省「健康づくりのための睡眠指針2014」https://www.mhlw.go.jp/content/001208251.pdfWHO「Housing and health guidelines」https://apps.who.int/iris/bitstream/handle/10665/276001/9789241550376-eng.pdfWHO「Table: Recommendations of the WHO Housing and Health Guidelines」https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK535281/table/fm-ch1.tab1/WHO「High indoor temperatures」https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK535285/日本医師会「ヒートショックと入浴熱中症—健康ぷらざNo.549」https://www.med.or.jp/dl-med/people/plaza/549.pdf日本循環器学会「心不全:入浴時の注意」https://www.j-circ.or.jp/sikkanpg/case/case2/about5.htm厚生労働省「健康のため水を飲もう講座」https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000205776.pdf日本呼吸器学会「COPD 患者さんの生活の工夫」https://www.jrs.or.jp/modules/citizen/index.php?content_id=108日本糖尿病学会「低血糖対策(生活の工夫)」https://www.jds.or.jp/modules/publication/index.php?content_id=9国立長寿医療研究センター「高齢者のための熱中症対策ハンドブック」https://www.ncgg.go.jp/ncgg-overview/pamphlet/p-heatstroke.html国立長寿医療研究センター「認知症を患う人を支えるご家族の方へ」https://www.ncgg.go.jp/ncgg-overview/pamphlet/p-family.html「高齢者訪問看護の質指標(活用サイト)」https://plaza.umin.ac.jp/houmonkango/厚生労働省「熱中症予防×感染防止」https://www.mhlw.go.jp/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/nettyuu/nettyuu_taisaku/pdf/seikatuyousiki/seikatuyousiki.pdf日本救急医学会「熱中症と救急搬送の判断基準」https://www.jaam.jp/info/heatstroke.html関連記事コロナと酸素濃度の関係性とは?自宅療養で知っておくべきポイント経口補水液の正しい作り方と飲み方、脱水症・熱中症を防ぐ家庭の知恵介護保険で受けられるリハビリのすべて、種類・内容・利用の流れを解説本記事の執筆者・監修者プロフィール【執筆者】作業療法士都内の回復期リハビリテーション病院に7年間勤務し、その後東京都町田市内で訪問看護・訪問リハビリに携わり5年。AMPS認定評価者、CI療法外来の経験を持ち、またOBP(作業に基づく実践)を中心とした在宅支援の豊富な実践経験を有する。【監修者】看護師(訪問看護ステーション管理者)大学病院での急性期看護を経て、訪問看護ステーションの管理者を務める。終末期ケアや慢性疾患管理に長け、地域医療連携や在宅看取り支援にも積極的に取り組んでいる。